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銀行ってなに? お金について考えよう5
第一章 銀行ってなに?
銀行と聞いて、まず思い浮かぶのは「お金を預ける場所」だろう。給料が振り込まれ、家賃や電気代が引き落とされ、必要になればATMから現金を引き出す。現代では銀行口座を持っていても、銀行の建物そのものには何年も行っていない、という人も珍しくない。それでも銀行は、生活のかなり深いところに入り込んでいる。
では、銀行とは何なのだろうか。
一番簡単に言えば、銀行はお金を預かり、お金を貸し、お金を移動させる仕事をしている。銀行の基本的な仕事としてよく挙げられるのが、預金、貸出、為替の三つである。預金はお金を預かること、貸出はお金を必要としている人や企業に貸すこと、為替は現金そのものを運ばずに、お金を別の場所へ移動させることである。
こう書くと、銀行はそれほど不思議な存在には見えない。しかし、少し視点を変えると、とても奇妙なことをしている。
たとえば、ある人が100万円を持っていたとする。その人は、しばらく使う予定がないので銀行へ預けた。一方で、別の人は小さな店を開きたいと思っている。しかし、厨房設備や看板を買うための100万円が足りない。
お金は存在している。
ただし、お金を持っている人と、お金を必要としている人が違う。
そこで銀行が間に入る。お金に余裕のある人から預金を受け入れ、お金を必要としている人に融資する。もちろん現実の銀行業務は、預かった紙幣をそのまま別の人へ手渡すほど単純ではない。それでも、社会の中にある資金を、必要としている場所へ回すという役割は銀行の重要な機能である。
銀行がなければ、お金を借りたい人は、自分で貸してくれる人を探さなければならない。
店を開きたい人が町を歩きながら、「100万円余っていませんか。五年で返します」と一軒ずつ聞いて回る社会を想像するといい。ようやく貸してくれる人が見つかったとしても、今度は相手から「本当に返せるのか」と疑われる。借りる側も「この人から借りて大丈夫なのか」と心配になる。
銀行は、こうした面倒な仕事をまとめて引き受けている。
銀行には、もう一つ重要な働きがある。それは、お金の時間をつなぐことである。
たとえば、3000万円の家を買いたい人がいるとしよう。毎年100万円ずつ貯金できるとしても、3000万円を貯めるには単純計算で三十年かかる。三十年後にようやく家を買えるとしても、その頃には人生のかなりの時間が過ぎている。
そこで住宅ローンを使う。
銀行から3000万円を借りれば、家を先に買い、その後何十年かけて返していくことができる。つまり銀行は「三十年後まで待たなければ使えなかったお金」を、現在へ持ってきているように見える。
もちろん、本当に未来から紙幣を持ってきているわけではない。
それでも経済的には、未来の収入を前提として、現在に大きな支出を可能にしている。会社でも同じことが起きる。機械を買えば利益が増えると分かっていても、機械を買う現金がなければ事業は拡大できない。半年後に1000万円の売上が入ってくる予定でも、今日の銀行口座に10万円しかなければ、今日500万円の設備を買うことはできない。
ここで重要なのが、利益と現金は同じではないということである。
帳簿の上では儲かっていても、入金より支払いが先に来れば、会社のお金は足りなくなる。逆に、大きな利益が出ていなくても、手元に十分な現金があれば、しばらく事業を続けることはできる。
この「いつ入ってきて、いつ出ていくのか」というお金の流れが、キャッシュフローである。そして、必要な支払いに間に合うように現金を用意することが、資金繰りである。
銀行は、この資金繰りと深く関係している。
たとえば、ある会社が商品を100万円で販売したとする。しかし代金が振り込まれるのは二か月後だ。それまでにも従業員の給料、家賃、仕入代金は支払わなければならない。二か月後には100万円が入るのに、今日の支払いに使えるお金がない。
そんなとき、銀行から50万円を借りることができれば、会社は支払いを続けられる。そして二か月後に売上代金が入ったところで、借りたお金を返すことができる。
ここでも銀行は、未来のお金と現在のお金の間をつないでいる。
だから、銀行からお金を借りることは、必ずしも「お金がなくて困っている」という意味ではない。むしろ、商売が急速に成長しているために借入が必要になることさえある。
注文が二倍になった会社を考えてみよう。
売上が二倍になるなら、うれしい話に思える。しかし商品を二倍売るためには、材料も二倍必要になる。従業員を増やすかもしれないし、大きな倉庫も必要になるかもしれない。しかも売上代金が入ってくるのは数か月後である。
儲かるほど、先に出ていくお金も増える。
すると「利益は増えているのに現金が足りない」という奇妙な状態が起こる。成長するために必要なお金を用意できなければ、注文が増えたことが原因で資金繰りに行き詰まる可能性さえある。
ここで銀行融資が使えれば、事業の成長速度に資金を追いつかせることができる。
銀行は、単に貧しい人にお金を貸す場所ではない。現在持っている現金よりも大きな経済活動を可能にする装置でもある。
さらに銀行は、お金を貸すだけでなく、お金を移動させている。
東京にいる人が徳島にいる人へ1万円を振り込んでも、東京から1万円札をトラックに積んで運んでいるわけではない。銀行の記録の中で、ある口座の残高が1万円減り、別の口座の残高が1万円増える。そして銀行同士でも必要な決済が行われる。
考えてみれば、これはかなり不思議である。
銀行口座に表示されている100万円は、目の前に積まれた100枚の一万円札ではない。それは銀行の記録であり、「銀行が100万円を支払う義務を持っている」という状態でもある。
この点は会計から見ると、さらに面白くなる。
個人にとって銀行預金100万円は資産である。しかし銀行側から見ると、その100万円は負債になる。預金者から「100万円を返してください」と言われれば、銀行は応じなければならないからだ。
逆に、銀行が会社へ100万円を貸した場合、会社にとっては借入金という負債になる。しかし銀行にとっては貸出金という資産になる。
同じ100万円なのに、片方の資産は、もう片方の負債になっている。
銀行を会計の目で見ると、巨大な金庫というより、巨大な貸借対照表に近い存在であることが見えてくる。
そして銀行は、誰にでも無条件でお金を貸すわけではない。
「この人は返せるのか」
銀行はそれを考える。
会社なら、売上はいくらあるのか、利益は出ているのか、現金はいくら持っているのか、すでにどれくらい借金があるのか、これまで返済を続けてきたのか、これから事業がどうなるのか、といった情報を見る。
つまり銀行が扱っているものは、お金だけではない。
信用も扱っている。
100万円持っている人と、100万円必要な人をつなぐだけなら、銀行は単なる仲介業者に見える。しかし実際には、「この相手なら返せそうだ」と判断し、その信用に値段をつけ、一定のリスクを引き受けながらお金を動かしている。
そして、その値段の一つが金利である。
こうして考えると、銀行とは「お金を預ける建物」という説明では足りないことが分かる。
余っているお金と、必要なお金をつなぐ。
現在のお金と、未来のお金をつなぐ。
遠く離れた場所のお金をつなぐ。
そして、人と人との信用をつなぐ。
銀行は、お金を保管しているだけではない。お金が時間や場所の壁を越えて動けるようにしている。
もし銀行という仕組みがなければ、家を買うにも、会社を作るにも、工場を建てるにも、自分で必要なお金を貯めるか、直接貸してくれる誰かを探さなければならない。送金するにも、信用を確かめるにも、今よりはるかに大きな手間がかかる。
銀行があることで、まだ持っていないお金を使える場合があり、遠く離れた人へ一瞬でお金を送ることができ、余っている資金を社会の別の場所へ回すことができる。
銀行とは何か。
その答えを一言で決めるのは難しい。
しかし、銀行を「お金の金庫」ではなく「お金、時間、信用をつなぐ仕組み」と考えると、その姿はかなり違って見えてくる。
そして、この仕組みは突然生まれたわけではない。
人間がお金を使い、商売を始め、遠くの人と取引し、未来の利益を期待するようになるにつれて、少しずつ形作られてきた。
では、人類はいつからお金を預かり、お金を貸し、お金を移動させる仕事を始めたのだろうか。
銀行の正体を知るには、まずその歴史をたどる必要がある。
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